CG/ANIMATION
2011.12.15
最適なツール選択とクオリティ・コントロールで前代未聞の1200カットを高品質で仕上げる。
太田垣 香織
株式会社オー・エル・エム・デジタル CGIディレクター
映画やテレビドラマをはじめ、PV、CMなど、今日のビジュアル表現に3DCGの技術は欠かすことができない。 観客動員数250万人を突破した実写版映画『ヤッターマン』では、映画全体のクオリティを根底から支える、なめらかでインパクトのあるCG表現が高い評価を得た。 『ヤッターマン』CGIディレクターとして、実に1200カットものCGを手がけた太田垣香織さんに、膨大なカットを均一に、しかも高品質で仕上げることを可能にしたディレクション術についてうかがった。
限られた時間で大量のカットを完成させるため 新たなソフトの提供をタイアップ環境で実現
映画『ポケットモンスター』シリーズやNHK大河ドラマ『天地人』『レイトン教授と永遠の歌姫』などを手がけ、CGI制作のリーディング・カンパニーともいえるオー・エル・エム・デジタル。同社でCGIディレクターを務める太田垣香織さんは、2009年上半期最大級のロングランヒットとなった『ヤッターマン』の制作を担当した。CGIカットはなんと1200、作品全体のカット数の実に9割にもおよぶという話題作である。 「1200カットのCGIというのは、私が経験した中ではもちろん最多ですし、そもそも異常な数だと思います。これだけの数のカットを、シークエンスごとにクオリティの差が出ないように、高いレベルで均一に保つことが第一のハードルでした。それを実現するために、レンダリングをするにあたって新しいソフトを導入することを秘かに自分の中ではテーマにしていました」 そのソフトとは、カナダのdigits'n art社が開発した「3Delight*」。ハリウッド映画の最先端CGI制作で使用されているRenderMan系のソフトである。すばやく計算ができ、モーション・ブラーなどが非常に美しく表現できるソフトだ。太田垣さんは、digits'n art社の日本における代理店であるクレッセントと連携し、クレッセントとのタイアップという形で「3Delight」を縦横に使える環境を作り出した。 「3Delightは日本ではまだほとんど使われていませんが、今回は新しいチャレンジとして、ぜひ導入したいと考えました。digits'n art社にとっても、日本のマーケットにアピールする絶好の機会なので、非常に協力的に提供してもらうことが可能になりました。コストを抑えつつ、従来のソフトでは実現できないクオリティを確保できたことは、とても大きかったと思います」
20社におよぶ制作会社に競争原理を導入 クオリティ・コントロールを図る
『ヤッターマン』のCGI制作では、20社近い制作会社が動員された。それだけの会社が関われば、当然、品質の差やスケジュールの遅れなど、さまざまなバラつきが生じやすくなり、より緻密なクオリティ・コントロールが要求される。 「それぞれの制作会社の得意分野は何か、まず普段からリサーチしておくことが必要です。特長を見極めて、どの会社にどのカットを担当してもらうかを決めていく。例えば、ドクロ型の煙が出てくるシークエンスがありますが、あれは非常に高度な技術が要求されるし、しかも"ドクロ"はキーイメージなので、絶対に失敗はできない。そこで、"ここだけは、なにがなんでもあなたの会社にお願いしたい"という会社に依頼しました」 20社を統括する太田垣さんのチェック方法はシビアである。20社を同時に呼び、全員にすべてのカットを見せる。そうすることで、「しまった。ウチは他社より進行が遅れている」という事実に気づいてもらい、競争心を芽生えさせるのが狙いだ。 「進行が遅れている会社の仕事ほど後に回し、途中で帰れないようにします。同業他社の仕事を見れば、口に出さなくてもあきらかに差を痛感しますから、そこで危機感を持ってもらう。こんなやり方をしていますから、きっと、私のことを嫌いな人がたくさんいると思います(笑)」
制作の初期段階で監督の特性を把握し プレゼンテーションに反映
太田垣さんは、デザイナーとして5年ほどキャリアを積み、マネジメントの仕事も経験したのち、ディレクターになった。ディレクターになるための必要条件とは何だろうか。 「自分がディレクター志向だとアピールし続けることがまず大切。そしてどんな仕事もいとわず、喜んでやること。"それはオレの仕事じゃない"というこだわりを持った職人肌のデザイナーがよくいますが、そういう人はディレクター向きじゃないですね。そして大事なことは、誰とでも話せること。他人を説得できることです」
太田垣さんが携わっている映画制作の世界では、現場の最高指揮者である監督とのコミュニケーションは特に重要だという。 「私は監督によって、仕事の進め方を変えています。近年、一緒に仕事をさせていただく機会の多い三池崇史監督の場合、CGIのこともよく知っているし、自分の意見を押し通すタイプではないので、あらかじめお聞きしていた監督のイメージと違っても、"絶対、こうしたほうがいい"という確信が自分の中にあったら、積極的にプレゼンテーションをします。すると監督は、"こういう方向で行くんだったら、この部分はこうしよう"と反応してくれる。でも、このやり方ではダメな監督ももちろんいて、その場合は、作って持って行く前に意見を言わないと、大変なことになります」 制作の初期段階で監督の特性を見極めていくためには、コミュニケーションのスキルと洞察力が不可欠だ。 「HALで学んだことで今に活きていると思うのは、授業でグループ作業を経験したことですね。喧嘩しながらでもコミュニケーションを図って、なんとか一緒に作っていく。映像制作はまさにグループ作業です。HALはマナーや挨拶に厳しいので、これも業界に入って、身についていて良かったと実感したことの1つですね」 人と人の間で揉まれ、培ったコミュニケーション能力こそが、「勝てる」企画提案につながっていくのである。
1996年、CGデザイン学科CGデザイナー専攻卒業。CGデザイナー、フリーディレクターを経て、オー・エル・エム・デジタル(http://www.olm.co.jp/)に入社。3DCGディレクターとして、『クローズZERO』『神様のパズル』『ヤッターマン』など、多くの映画でCGI制作を手がける。2010年は『十三人の刺客』『ゼブラーマン2』などの作品も公開された。
※卒業生会報誌「HALLO」63号(2009年12月発行)掲載記事