MUSIC

2010.9.14

月間1000曲を追加。高品質×短時間リリースを実現するためのワークフロー提案とディレクション。

  • 前田須波留

    株式会社エクシング サウンドディレクター

「KARAOKE」が世界共通語になって久しいが、カラオケ市場は現在、業務用から家庭や携帯電話にまで拡大している。 昨年に発売された通信カラオケ『JOYSOUND』のWii向けソフト『カラオケJOYSOUND Wii』は、まさにそんな動向を象徴する話題のサービスだ。 5万曲をベースに毎月1000曲ずつ追加されるというすさまじいリリースのペースを支えるために、サウンドクリエイターを率いる立場からどんな取り組みを行ってきたのか。株式会社エクシングの前田須波留さんにお話をうかがった。

スタッフ全員の耳を週1回「調律」 高アベレージをキープするためのマネジメント

家庭用ゲーム機Wiiと、業務用カラオケシステム『JOYSOUND』が融合して生まれた『カラオケJOYSOUND Wii』の登場で、カラオケ市場は新たなステージを迎えている。 「カラオケのサウンドは、メディアによって違うバランスが要求されます。Wiiでは、歌う時にちゃんとリズムが取れるようにリズムのボリュームを大きめにし、音程が取りやすいようにベース音をしっかり出す。携帯電話は、曲を憶えたい、という欲求がユーザーに強いので、主旋律を思い切り出してあげる。携帯電話で憶えて、Wiiで家庭で楽しみ、カラオケボックスで気持ちよく歌う。そんなサイクルで楽しんでいただくために、サウンドクリエイターもきめ細かく業務を行っています」 前田須波留さんは、ディレクターとして現在、6人のチームを率いてサウンド制作を手がけている。その数は、月に1000曲という膨大なものだ。 「スタッフ全員の耳を共通のレベルに保つため、毎週木曜日の午前中、試聴会を行って全員の耳をチューニングしています。そうすることによって品質のバラつきが出ないようになります」

2万曲→3万曲の変更要求に 対応するためのディレクション

『カラオケJOYSOUND Wii』は、発売時から3万曲に対応しており、現在では約5万3千曲まで増えている。しかし、当初は2万曲でスタートの予定だったという。これは、業務用カラオケで歌われるほとんどの楽曲をカバーできる数であり、業界の一定の目安になっているためだ。しかし3万曲にチャレンジすることになり、しかも納期は延ばせないという。さてここで前田さんは、どんな手を打ったのか。 「音をWii用にエディットする機材を注文して届くまでの期間に、なるべくエディットそのものを減らしていく。次に、エディットしなければならないデータをポイント別に--例えばギターの音が小さくてこのままでは使えない曲ばかりを集めたフォルダを作るとか--細分化しておく。同時に、ギターのボリュームをちょっと上げられるツールを作れば、フォルダのデータは一括でエディットできると考え、開発依頼をかけました。エディットのスキルのある人材を多く確保する努力もしました」 こうして無事に3万曲でスタートした『カラオケJOYSOUND Wii』。11月には、改良を加えたUSBマイクの付いた『カラオケJOYSOUND Wii DX』がリリースされ、さらにシニア向けの「演歌・歌謡曲編」、「デュエット曲編」(パッケージ版のみで、パソコンの知識がない人も楽しめる)も発売予定である。 「HALの授業でMIDIデータには触っていましたから、入社当初から業務はスムーズにこなせました。ディレクターは、事業全体を見通す総合的な視点と、会社全体を説得できるプランニング、プレゼンテーション能力が絶対に必要だと思います」 高品質の量産体制を可能にしたのは、まさにこのディレクション力である。

効率アップとコストパフォーマンスを 同時に実現するワークフローの構築

前田さんのチームでは、携帯用サイト『ドコカラ』でも、月に800曲の制作を行っている。まさに圧倒的な仕事量。常に求められるのは、まずは効率のアップ、そしてコストパフォーマンス。 『カラオケJOYSOUND Wii』における前田チームの仕事は、業務用カラオケのMIDIデータをWii用に変換し、エディットを施して、毎週水曜日に新曲としてリリースすることである。サウンド用に使用できるデータ量が限られるため、使用できる音色の数など、大きく制限を受ける。例えばギターの音色の場合、カラオケなら約80種類もの音色があるのに対し、Wiiでは8種類。こうした制約の中、ユーザーが納得する本物のサウンドを1曲ごとに作り上げることが求められる。 「膨大な楽曲数をスケジュール通りにリリースするため、業務用カラオケデータからMIDIを作る時に、平均点の高いデータが作れるように、効率的なワークフローと変換の際の数値を社内でプレゼンテーションをしました。この音色が来たらこの値にしておけば、だいたいどんな楽曲も高いアベレージで事前準備できる、という一括変換を含むフローを構築したわけです。アピールポイントとしては ①効率良く業務用データをWii用に変換できる ②エディットを施す前段階で、ある程度の質が確保されている ③同システムの運用によって、事業全体のコストが削減できる(具体的な数値も提示)、などです」 研究開発チームとも連携し、仕事が効率良く進められるための環境を自分たちで獲得すること。これがディレクターとしての仕事なのである。

前田須波留

株式会社エクシング サウンドディレクター

2004年、ミュージック学科サウンドクリエイター専攻を卒業。同年、株式会社エクシングに入社。サウンドクリエイターを経て、現在はサウンドディレクターとして活躍中。『カラオケJOYSOUND Wii』のサウンドを開発当初から手がけるほか、同社の携帯カラオケサイト『ドコカラ』でも、サウンドディレクターを務めている。

※卒業生会報誌「HALLO」63号(2009年12月発行)掲載記事