名古屋チームに一筋の光をもたらした前回チェック。
モデリングで表現した「荒々しさ」というオリジナリティが、評価を得た。
必死にもがいて1つの評価を得たことは、彼らにとってかけがえのない財産である。
そして、この財産は大きな自信となる一方、また、少しの不協和音を生むことになった…。
プロジェクトルームでの作業中にそれは起こった。
「俺はもっと良くしたいから作業している。お前はどうなんだ。」
モデリングを担当するメンバーの1人が声を上げる。
決定した方向性をしっかり表現していくため、モデリングの作業は多忙を極めていた。
クオリティを絶対に落としてはいけない、必死だった。
そんな中、一部のメンバーが今まで通りのペースでやっている姿が目についたのだ。
岩本監督・柳瀬氏からの評価を得たことを良しとして、それまでの進め方を続けるメンバー。
今までの進め方で満足はせず、さらなる改革意識を持って挑むメンバー。
初めてつかんだ評価を境に、名古屋チーム内で意識の差が生まれてしまっていたのだ。
「どんな評価でも現状に満足するのはやめよう。もっとこだわりを持とう。」
言い争いを止めるように、モデリング・リーダーの浅野暢之が提案する。
彼はリーダーとして自らが方向性を示し、皆の気持ちを1つにしたかった。
勇気を振り絞ってぶつけた彼の提案は、プロになるための覚悟にも聞こえた。
第5回チェック当日。
「武骨さと荒々しさが増して、かなり良い。完成に近づいているね。」
モデリングを一通り見終わった岩本監督が笑顔で話す。
主人公機は模擬戦闘を繰り返している、という設定がモデリングからも伝わってくる。
「足の傷は着地時にできたものです。」「空中戦の時に被弾した傷を入れています。」
テクスチャ(モデルデータの色や質感)の理由もすべて説明できて、その言葉ひとつ1つが自信に満ちあふれていた。
実は、あの言い争い後も、メンバー同士の意見が衝突することが何回もあった。
でもそれは、それぞれが現状に満足せずに話し合うという、建設的な過程だと皆が思えるようになっていた。
浅野暢之の提案に皆が賛同したのだ。
ひとり1人が意識を高く持ち、ぶつかり合うことで、お互いを認め合うようになる。
名古屋チームは1つになった。
何より、クリエイターとして強くなっていた。
モデリングについての全体像はクリアしたが、アニメーションについては多くの指摘が入った。
必死にメモをとる一同。
「どんな指摘も、それ以上のクオリティで上げよう」と皆が強い意志を持って話を聞いていた。
しかし、彼らには、HALの就職カリキュラムの1つ「就職作品プレゼンテーション」の期日が迫ってきている。
その準備は、普通の学生でも時間が足りないくらいだ。
チームのためにプロジェクトを進めなければならない。
自分のために就職活動の作品準備をしなければならない。
圧倒的に時間がない。
でもやるしかない。
どんな状況になろうとも、名古屋チームはようやくつかんだ自信を離さずに、前を向くことだけを考えていた。
「あれ!? なんでこんな風になったの!?」
驚きを隠せない岩本監督。
前回チェック時にOKを出していたロボットのプロポーションが、第5回チェック時には全然違うものになっていたのだ。
肩が上がっていて、腕と胴体が長めになり、足が太くなって、全体のバランスがおかしい。
実は、モデルデータの細かい修正作業に集中するあまり、逆に全体がかみ合なくなってしまったのだ。
そして、その作業を担当していたメンバー数人が今回のチェックを、風邪で欠席していた。
代わりに説明をする冨山雪也がしどろもどろになる。
チームとしての連携がうまくとれていないことが、表面化してしまった。
どんどん迫ってくる納品日に向けて、東京チームは抜本的な改革が必要だった。
そして、HALの学生にとって大切な就職カリキュラム「就職作品プレゼンテーション」の準備に時間を確保しなければならない。
東京チームは今、改革と時間、という2つの魔物に襲われていた。
大阪チームの作業は順調に進んでいた、ように見えていた。
並行して進めている就職カリキュラム「就職作品プレゼンテーション」の準備、普段の授業と課題、そして「PROJECT HAL」。
これらすべてを同時に進めるだけで疲れはどんどん蓄積される。
そんな中、「就職作品プレゼンテーション」で使用される「PROJECT HAL」のデータの取り扱いについて、科目担任の教官とメンバーの間に認識の行き違いが生まれ、メンバーのストレスは頂点に達した。
「授業ではなく仕事だとわかっているけど、大変すぎるよ」
メンバー全員から日々の不満と不安がとめどなく溢れ出す。
プライベートの時間も惜しみ、ひたすら制作に打ち込んではいるが、張り詰めた糸は切れる一歩手前だった。
そんな彼らを一番近くで見ているのが教官だった。
必死な姿を見ているからこそ、思いに共感し、向き合い、アドバイスができる。
教官に思いをぶつけている間、理解者が近くにいるだけで気持ちが救われていたことに、メンバー全員が気づき始めた。
「なんか聞いてもらえただけで、気が楽になった。」
自分たちの悩みをわかってくれる人がいる。
そこに気づけたことは、大阪チームがまた1つ前へと進むための大きな力となっていった。