年が明けて、2015年1月。
この日行われた第4回のチェックには、岩本監督だけでなく、今回のロボットデザインを担当した柳瀬敬之氏がついに来校。
ロボットのプロポーション制作をまとめていた黒野卓は、自分たちの技術やセンスが超一流のデザイナーにどれだけ通用するのかを試すつもりでチェックに臨んでいた。
プロポーション全体の印象は合格。
だが、ディテールにはまだまだ多くの指摘を受ける結果となった。
特に指摘が集中したのは、ロボットの頭部。
「頭部の形状に違和感がある。全体のフォルムが統一できていない。」
黒野の表情が硬くなる。
前回チェックで岩本監督から指摘された頭部のディテール修正に注力するあまり、胴体とのバランスがちぐはぐになっていっていることに気づかなかった。
早急に再検証を行う必要がある。
やり直しになる作業もあるかもしれない...。
しかし、黒野は同時に、手ごたえも感じていた。
頭部のアンテナ、目、翼、胴体の形状、マテリアル・・・
アドバイスを受けるたびに、疑問点が消え、「こうすればいい」という確信になっていくのがわかる。
自分たちでは気づけなかった修正点が次々に明らかになっていく。
「ダメ出しされなければわからなかった。
おかげで、もっといいものが目指せる。」
ダメ出しによって修正の作業が増えたとしても、後戻りになるとはかぎらない。
それが追い風となって、全体のスケジュールやクオリティが大きく前進することもあるのだ。
黒野はそれを実感していた。
すべてのチェックが終わった後、さらに質問すべく柳瀬氏へと駆け寄る黒野の姿があった。
多忙な彼から直接評価を受けることのできる貴重なチャンスに、もっと多くのダメ出しをしてもらうために。
モデリングの好評価だけでなく、背景の方向性や、カメラワークのいくつかに岩本監督からOKが出るなど、 第4回チェックは大阪チームにとって有意義なものとなった。
しかし、そんな彼らをさらなる試練が待ち受けていた。
プロを目指す彼らにとって最も大切な、就職活動が始まったのである。
多くの企業の採用担当者に直接自分の作品をアピールすることができる、HALの就職カリキュラムのひとつ、「就職作品プレゼンテーション」の日が近い。
ほぼすべてのメンバーが、そのための作品やポートフォリオの制作に追われる、時間のない日々が続いていた。
就職活動だけではない。
PROJECT HALのメンバーとはいえ、ひとたびプロジェクトルームの外に出れば他の学生とともに授業を受ける、HALの学生の1人なのだ。
プロを育成するHALの授業は決して甘いものではなく、課題もある。
プロジェクトとの両立のために睡眠時間を削っているメンバーもいた。
しかし、複数の案件を同時に進めることがあるのはプロの世界でも同じ。
どの案件も手を抜くわけにはいかないのはわかっている。
それに、ただやみくもに時間をかければいいというわけではない。
それでも、不安や不満を口にせずにはいられなかった。
やるべきことはわかっているのに、もっと検証したいことがあるのに、絶対的に時間が足りない。
「時間がなかった、なんて言い訳したくない。妥協したくない。」
納期に向けての激闘のさなか、「制作時間の確保」という、新たな時間との戦いが始まっていた。
前回のチェック以降、今まで以上に話し合いの機会を増やした。
「意見を出し合うことが、楽しいとさえ思えるようになった。」
それでも、メンバーの知識や資料だけではどうしても頼りない部分がある。
そんな名古屋チームにとって、今回の岩本監督・柳瀬氏の来校はまさにひとすじの“光”だった。
なぜこのようなデザインなのか、どこを修正すればもっとよくなるか。
柳瀬氏の詳細なアドバイスが、名古屋チームが今すべきことを明らかにしていく。
さらに岩本監督の言葉が、彼らを勇気づけた。
「東京チームや大阪チームのロボットにはない、武骨さや荒々しさが出てきている。」
背景制作のメンバーがモデリングのフォローにまわることで、ロボットのプロポーションが徐々に、だが確実に良くなってきている。
それは、遅れを取り戻そうと全員で必死にあがき抜き、ようやくつかんだ1つの成果だった。
「アニメーションはまだ迷走しているが、モデリングのイメージをもとにまとめていけばいい。」
岩本監督の一言一句を逃さないよう、必死にメモを取る。
担当作業なんて関係ない、自分のために、そしてチームのために。
少し時間はかかったものの、彼らは同じゴールを目指す「チーム」としての強さを身につけ始めていた。
「大きなプラモデルに見える。」
岩本・柳瀬両氏からは、ロボットのリアリティの無さを指摘されたものの、近未来感のあるカラーリングにおいては評価が高く、手探りだった全体のバランスや駆動部分のイメージにも柳瀬氏から直接アドバイスをもらうことができた。
モデリングを詰める方向性が定まったのは今回のチェックにおける大きな収穫だった。
そのいっぽう、多くの指摘を受けたのがアニメーション。
どのカットにも、なかなかOKが出ない。
やり直してもやり直しても、岩本監督のいう「カッコよさ」に届かない。
自問自答と試行錯誤の日々に、アニメーションを担当する長谷川健太は、葛藤していた。
「カッコいい、という言葉が、とても難しい言葉みたいに聞こえる。」
納期が近づき、これからの作業は今まで以上にアニメーションに重点が移っていく。
ロボットの動きに、東京チームの「カッコいい」をつくることが、アニメーターとしての使命だと思った。
迷いを振り切るようにがむしゃらに手を動かす長谷川。
その姿は、いつかそれが見つかるはずだと、必死に自分へ言い聞かせているように見えた。