名古屋チームのメンバーにも、しだいに疲れが見えてきた。
就活の準備も、授業の課題もあり、時間が足りない。
そしてどんなにスケジュールが迫っていても、岩本監督のチェックには一切の妥協がない。
「もうムリ」「限界だ」作業中のメンバーから弱音が漏れるたびに、映像チームのリーダー・山口雄大はハッパをかけ続けた。
「まだ学生のクオリティだ。
限界なら、その限界を超えよう!」
リーダーとして、他チームに比べて出遅れてしまったことに責任を感じていた山口。
遅れを取り戻してきた今、メンバーを頼もしく思う反面、最初からコミュニケーションが取れていたら…と思う。
後悔がないわけではない。
それでも後悔に打ちひしがれるのは、やり切ったと言えるまでやり切ってからにしようと決めた。
誰よりも山口自身が、限界を超えたがっていた。
残された作業日数が少なくなるほどに、「もっといいものを創りたい」という想いが強くなっていく。
TVCMが世の中に流れれば、厳しい評価も、批判もあるだろう。
でも、「学生がつくったからこの程度」なんてことは、絶対に言わせない。
山口の情熱が疲れきったメンバーを奮い立たせる。
冷めかけていたチームのモチベーションは、再びその熱を増していった。
120日間におよぶプロジェクトの激闘が、いよいよ終わろうとしている。
運命の納品日は、もうすぐそこまで迫っていた。
その日、映像チームから受け取った映像を見て、サウンドチーム・寺田宙生は驚きを隠せなかった。
「音が、映像に“喰われて”いる・・・」
納品直前のこのタイミングで、映像チームから上がってきた映像のクオリティが格段にアップしており、
音の演出が映像に完全に圧倒されていた。
サウンドチームは、自分たちにできる最高の音を創っていたはずだった。
しかし、最後までクオリティを突き詰めようとする映像チームの情熱は、ここにきてなお、想像を超えてきた。
数時間後、誰が言うでもなく、サウンドチームはプロジェクトルームに集まっていた。
「音をぜんぶ創り直そう。
僕らもこれを超えなきゃ、ダメだ。」
すべての音をつくり直すには、残された時間はあまりにも少ない。
すでに提出済みの音で「間に合わせる」ことは充分にできる。
それでも、メンバーの想いは1つだった。
新たな音をつくるべく、機材に向かう者。
そのために必要となる素材を検証する者。
寺田もすぐに作業に取りかかった。
映像チームがプロジェクト序盤に味わった、焦りや屈辱を、サウンドチームは経験していない。
しかし、彼らもまた、映像チームによって自分たちの覚悟が足りないことを痛感させられた。
傷だらけになりながらも一途に戦い抜く、名古屋チームがつくるTVCMの世界観。
それを体現するかのように、彼らもくじけては立ち上がる不器用な前進を、最後の最後まで続けているのだった。
サウンドチームが制作した音、そして火花などのエフェクトが加わり、映像が迫力を増している中、アニメーションになかなかOKが出ない。
納期への不安と戦いながら、敵機を殴りつけるアニメーションを担当する志摩駿宙は悔やんでいた。
「自分がロボットについて詳しくないことを、逃げ道にしていた。」
ロボットについての知識が少ないことで、チームの足を引っぱるのが怖かった。
しかし、そこに甘えていなかったか。
知らないとか、恥ずかしいとか、そんなことはもう言っていられない。
プロになったとしても、自分の得意分野の仕事だけができるとは限らないのだから。
「僕のせいで、チームの努力を水の泡にするわけにはいかない。」
どう動けば、よりカッコよくなるか。
デスクで自分の拳を振り回し、自分の体で確かめながら、リアルな動きを必死に研究し続けた。
「よく動いてる。いいんじゃないでしょうか。」
最終チェックに訪れた岩本監督からOKが出た瞬間、プロジェクトルームは拍手に包まれた。
納品に向けて、背景のディテールをさらに高めるようにと岩本監督の指示が飛ぶ。
東京チームのプロジェクトも、ついにラストスパートに差し掛かっていた。
納期に向けて作業を続ける東京・大阪・名古屋の各チームに、岩本監督からある判断が告げられた。
「エフェクトに実写素材を組み合わせましょう」
実際に撮影した煙や炎の映像を加工してCGのエフェクトを作成すると、CG映像はよりリアルなものになる。
映画やTVCMの制作現場でもよく使われるメジャーな手法だ。
しかしその決断に、大阪チーム エフェクト担当の山根光だけは、敗北感を噛み締めていた。
山根は大阪チームのエフェクト制作を、ずっと1人で担ってきた。
だからこそ、こだわりたかった。
実写素材を使わずに、実写に負けないフル3DCGのエフェクトを、自分の手でつくりたかった。
「最後まで僕につくらせてください。」
今までの自分だったら、そう言っていたかもしれない。
しかし、今やるべきことは、
もっとクオリティの高い映像になるように、チームのために最善を尽くすこと。
「大丈夫か?」山根を心配したメンバーの声に笑顔で応えると、
山根はさっそく実写素材の合成に取りかかった。
この段階に来てさらにリアル感を増していく映像にメンバーが沸く。
今はまだ、これが自分の実力だ。
でも、いつか超えてみせる。
山根はこの悔しさを心に刻み込むのだった。