準備不足を痛感させられた初回チェックからわずか2日。
名古屋チームのもとに、TVCM制作を統括するクリエイティブ・ディレクターからメッセージが届いた。
その内容を見て、愕然とした。
「名古屋チームは、東京・大阪チームに比べて2、3歩遅れている」
ロボットのカラーリングを担当した神田明美は思い出していた。
彼女が自分のイメージだけで付けたカラーを、岩本監督が酷評したことを。
「すべての色に、すべてのデザインに、理由がなければならない。」
ロボットに詳しくないことを逃げ道にするな。
わからないなら考えろ。知らないなら、徹底的に調べろ―――。
悔しかった。情けなかった。そして、自分を変えようと思った。
ロボットに詳しいメンバーに相談した。
資料や他の作品を徹底的に分析し、そのカラーリングの理由を検証した。
すべてのものには理由がある。
CGは人の手で造られた虚構の世界。
だからこそ、そのリアリティを追求することに意味があるのだ。
「東京チームや大阪チームにできて、自分にできなかったこと。
これは、覚悟の差だ。」
12月、迎えた第2回チェック当日。
岩本監督の言葉には厳しい指摘だけでなく、評価が混じる。
そして、応える神田の言葉には、第1回のチェックにはなかった、強い信念がにじんでいた。
他チームの覚悟が自分たちより大きく上回っていることなんて、想像もしていなかった。
僕らは同じHALに通う学生なのだからと。
でも、それは違った。まざまざと思い知らされた。
彼らが競争相手だということ。
そして、自分たちがいるこの場所はもう、厳しいプロの現場なのだということに。
必要なのは、改革。
大阪チームが取り組んでいるという作業開始前後のミーティングを取り入れた。
他チームの真似をしなければならないことは、屈辱だった。
それでも、なりふり構っていられない。
PCの画面に表示された、つくりかけのモデルデータ。
他チームはどれだけのクオリティのものをつくっているのだろうか。
このままでは、今の小さな遅れはいずれ、取り戻せない大きな差になるだろう。
変われるだろうか。
いや、変わるしかない・・・?
「ここで変われなければ、僕たちは終わりだ。」
それでも、もし、変わることができなかったら。
自分たちのつくったTVCMは、オンエアされるのか。
「まだ間に合う」誰が誰にともなく、言い聞かせるようにつぶやく。
オリエン時からつきまとう、恐怖。
それを振り払うには、名古屋チームの“熱”は、まだどこか頼りないものだった。
多くの指摘を受けつつも、背景などを「カッコいい!」と称賛された第1回チェックは、自信になった。
自分たちはできると信じて、監督の指示を、確かに反映した、はずだった。
岩本監督が来校しての第2回チェック。
「できた」と思っていた箇所へ浴びせられたのは、賞賛ではなく、厳しい言葉。
「ここは、前回のほうがよかった。」その言葉に、打ちのめされる。
自分たちの「できた」と、監督の、プロの「できた」の間にある、途方もない距離。
いや、もしかしたら、プロは「できた」と自分で手を止めてしまうことはないのかもしれない。
言葉にすれば簡単なのに、そんなことは自分たちには決してできないことのように思えた。
実はチェック後、打ち合せをする岩本監督らのもとを、背景を担当する山下隆が訪れていた。
「もっとこうしたほうがいい、と思うことを他のメンバーにどう伝えるか悩んでいます。
違う意見を言うことでメンバーの仲が悪くなってしまうことも怖くて…。
プロの方々はどうやって意思の統一を図っているのですか?」
個人のスキルが高く、こだわりも強い大阪チームのメンバー。
ひとり1人の個性はプロに必要な素養であると同時に、彼らがチームとして1つになるための、壁でもあった。
プロたちの中に1人で飛び込み、アドバイスを求めた勇気ある彼の行動。
その背景にあるのは比較的順調だった大阪チームでさえ、実はまだまだ一枚岩になれずにいた現実だった。
「ぶつかることを怖がらずに、とにかく話し合うこと。
プロの現場でも同じ。
キミたちは同じ目的を持ったチームだ、いいものをつくりたいという気持ちは同じはずだよ。」
優しく諭す岩本監督の言葉は、葛藤する若きクリエイターの心に届いたのだろうか。